上々日常 日々の色々を衣絵がテキトーにつづります。関係者のみなさま、笑ってユルシテ。
その1 家事のゆくえ
 

その19 ハチミツ色の幸せ

 先日、とあるワークショップに夫婦で参加することになり、その際、課題を出された。

「あなたが生きてきた中で、一番嬉しくてワクワクした経験を思い出し、紙に書いて、声に出して読んできてください」

 はて、私が一番嬉しかった経験は何だろうと、考え込んでしまった。
  嬉しかったことは、山ほどある。小さい頃から、文字通り歳の数だけあった誕生日、クリスマス。小学校の 絵画コンクールで入賞したこと、高校の演劇部で都大会に進出できたこと、結婚も、妊娠も出産もみんな嬉しかった。でも、一番といわれると・・・。「わくわく」という表現も違うような・・・。
  夫は、写真集出版のために敢行した、北海道ロケ旅行だという。うーん、仕事ね。それもありか。結局、色々考えて私がまとめた文章はこういう物になった。

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私が働いていて、夫が家で創作をしていた時期、個展開催中はすれ違いの日が多かった。
朝早く出かける私と、久しぶりにあった友と飲んで、遅く帰る夫と。
私が撮った作品の写真も展示してあったのだけれど、ウィークデイは会場に立てずにいた。
来場してくださるお客様の、生の反応を受けられる夫をうらやみながら。
ある朝、テーブルにメモが置いてあった。

「僕の作品を待っている人は、おまえの写真も待っている」

写真集出版の企画段階で、プロの写真家を立てようと言う話があったのを、何のあてもなく
私が撮りたいと言ってしまった。
これで良かったのかと迷う私の背中を押してくれた、夫からの初めての「評価」を見て
嬉しくて、涙が出た。
たぶん、彼は忘れているだろうけれど。
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 聞いてみたら、本当に忘れていた。ま、そんなもんだろう。

 そのワークショップは、イメージトレーニングのような感じで、良いイメージを色でとらえてそれを応用することで、苦手な物や人を前向きにとらえてゆこうというもの。
  そしてワークショップ本番。
  困ったことに、用意してきたはずのイメージが湧いてこない。かわりに浮かんできたのは、あまりにも日常な、でも私にとってはうきうきするようなことであった。

 ふたりの息子達が、笑顔で「お母さん、ただいま!」と帰ってくること。

 ただそれだけが、繰り返し瞼に浮かんでくるのだ。なんなんだ!?たったこれだけのことが、三十ン年間の経験の中での「一番」なのか?ちょっとしたショックを受けながらも、なんだか幸せな気持ちになった。そしてそのイメージは、ハチミツ色をしていた。

 「帰ってくる」ことが嬉しいということは、「待っている」からだ。そして「幸せ」なのは「待っていられる」からなのだと、思う。それは、あまりにも普通で日常で、けれども私にとっては特別なことなのだろう。

 会社勤めをしていた頃、朝夕のラッシュ時など電車の中で不快な思いをすることが、多々あった。
  駆け込み乗車のおじさんの荒い息が首筋にかかったり、立ったまま眠ってしまったおじさんの、寄りかかってきた頭がフケだらけだったり。
  でも、そんな時、私には特別なおまじないがあった。
  それは、その人の手に結婚指輪を探すこと。どんなに嫌な人でも、世界中でたったひとりの人にとっては「特別」なんだ、と思えると、不思議と我慢できるのであった。

 私にとっての「良いイメージ」はハチミツ色をしている。そしてそれは、日常にある。再認識できた、嬉しい体験であった。
  苦手なパソコンをハチミツ色にしても、なかなか好きにはなれそうもないのだけれど。

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